院長エッセイ集 気ままに、あるがままに 本文へジャンプ


布袋葵と浮雲朝露


 朝は早起きである。これは若いときからの私の美徳である。細君にはむしろ煙たがられている。早起きは三文の得(徳とも書く)という諺があるが、細君は、「早起きしても三文しか得しないのだ」と解釈しているらしい。先日いつものように早起きして庭を覗くと、手水鉢に布袋葵の花が咲いていた。布袋葵は布袋草ともいい単子葉植物ミズアオイ科に属する水草で、学名はEichhornia crassipes. crassipesとは「太い柄(脚)のある」と言う意味で、葉の柄がふくらんでいる様子を表している。和名である布袋葵の布袋は七福神の布袋様で、葉の柄が布袋様のぽってりとしたお腹に似ている事に由来する。ユーモラスな形をした水草であるが、花は可憐で美しい。繁殖力が旺盛で、水上交通の妨げとなったり、漁業にも影響を与えるなど、西洋では「青い悪魔」と呼ばれることもあるという。
 布袋葵の繊細で柔らかい薄紫の花の上に、ひっそりと結ばれた朝露が、初秋風に揺れている。朝露ははかないものとして、直喩・隠喩に多用される。布袋葵の花も一日で咲き終わる。はかないものは美しく、美しいものははかない。「人生幾何 譬如朝露」曹操の歌だっただろうか? 仰ぎ見ると、しののめの空に浮き雲。「浮雲の 雲のまにまに 行水(ゆくみず)の 行方も知らず 草枕、、、」これは良寛の歌。そんな私の背後で、のそのそと起き出した細君が、素っ頓狂な声を上げた。「ホテー草の花が咲いてる〜。」私は三文も得をして、彼女は三文だけ得をした。


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